TOP >> 文化歴史 >> 物忌奈命神社(ものいみなのみことじんじゃ)
 物忌奈命神社



前浜の北端の高台。

前浜の魚市場の上に鎮座する神津島の開祖、物忌奈命様。三島大社で祭られている、事代主命(ことしろぬしのみこと)と阿波命神社(長浜神社)で祭られている、阿波命(あわのみこと)との長男である。

事代主命は、出雲の神話「国譲り」でも登場する。
もともと出雲の国を治めていた大国主命(おおくにのぬしのみこと)の子孫である。

神話によれば、高天原(たかまがはら)に住む神々(神の神?)から出雲の国を譲るように迫られた大国主命は独断できないため、子供の事代主命らが良いといったら国譲りを承諾するとした。事代主命は承諾し、高天原の神々に出雲を譲り、自身は東へ渡り、富士山の神と共に伊豆の島々を作ったとされている。
 



前浜からの坂道を登るとすぐに、表参道と鳥居が現れる。



(昔の港)







急な階段を登っていく。




登りきると、再び鳥居と直線が続きます。






神門



拝殿


境内


薬王院


休憩場所


裏へ抜ける参道


大漁祈願祭記念之搭


境内の隅は公園に。



案内板

村重宝(建造物) 物忌奈命(ものいみなのみこと)神社

所存 神津島村一番地
指定 昭和四十五年一月十日

祭神物忌奈命は三島明神事代主命(ことしろぬしのみこと)の嫡子で永浜神社に祀る阿波当ス(あわのめのみこと)は御母である。天孫瓊瓊杵尊(てんそんににぎのみこと)に出雲国を譲り、事代主命と共に東に下り、伊豆諸島の開祖として居を定められ、以来村民の心の支えとなってきた。

本殿は覆堂形式で中宮を内蔵している。中宮は元本殿として」文化七年(一八一〇)に造営され、高さ五メートル余、入母屋造りの大建築で、棟から向拝にかけて美しく流れる曲線は、重厚な唐破風(からはふ)となって拝者を威圧する。御神体を内臓する宮殿として尊厳性を備え、格調が高い。

 各種の組物は巧を尽し、殊に舞鶴の彫刻と唐破風の檜皮葺は妙技を極め、堂実建築の技法が優れ貴重なものである。覆殿と拝殿もこれに準じて古く、重要な文化財である。

昭和四十五年七月一日 建設

神津島村教育委員会



「国譲り」がよくわかる動画!
物忌奈命の父が登場します!




参考 HP 玄松子の記録
       神津島の神社
       ウィキペディア 
       「大国主命」 「事代主命