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 神津島村郷土資料館


基本情報 
 ●入館料  大人300円 15歳未満1000円 (20人以上の団体割引制度あり)
 ●開館日  月曜日を除く毎日 9:00〜16:00
 ●アクセス 信号から5分 [MAP]
 ●問い合わせ 郷土資料館 04992-8-0974  神津島村教育委員会 0499-2-1222

   旧村役場の建物と旧旧木造役場を取り壊し増築されたお洒落な建物からなる。

展示物は多種多様で、

島の四季、
岩石、黒曜石、
お地蔵様、
昔の日用品、
船の模型、
海底遺跡資料、
ナベヅルの剥製、
ハチの巣、
貝の標本、
おたあジュリアの資料、
過去の水害の資料などなど、

ざっくばらんな神津島ワールドを是非ご覧下さい。

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施設紹介 1階  2階へ



1、スタンプ
2、【パネル紹介】神津島の七つの神秘 
3、【パネル紹介】神津島の四季
4、【パネル紹介】神津島の植物
5、【パネル紹介】黒潮の島のいきもの、島で見られる鳥たち 
6、神津島のジオラマ、昔のポストカード
7、キール船模型
8、イセエビの標本
9、貝の標本 その1
10、関連書籍
11、【地学コーナー】 島の成り立ち、神津島の噴火、地質、岩石、黒曜石など
12、【消防団コーナー】 消防団の資料、団旗、法被、手押しポンプ、宣言 など
13、ナベコウ(鍋鸛)の剥製
14、ハチの巣
15、踊り衣装・婦人の衣装
16、黒曜石
17、島の生活用品 日常生活の写真
18、神津島の模型
19、帆船
20、水汲み人形
21、農業用品
22、神社
23、島の石仏
24、黒潮と島の文化、海流と漂着物
25、島のあけぼの

1、スタンプ 
 受付の所に置いてあります。郷土資料館来館記念スタンプ、神津島来島記念スタンプ、ジュリア巡礼記念スタンプ
 

2、【パネル紹介】神津島の七つの神秘 
一、出雲の神々が集まって造られた神津島
二、水分けの会議が行われた島
三、宝石の島―神津島ブランドの黒曜石
四、花の島―天上山に咲く高山植物
五、流刑の島―今も残るおたあジュリアの心
六、黒潮の島―気候と潮の流れに育まれ
七、神事(くじ祭り)を伝承する島―カツオ釣り行事

3、【パネル紹介】神津島の四季  春は、コウヅエビネ、天草干し
夏は、物忌奈命神社例大祭、かつお釣り行事、海水浴場
秋は、イセエビ漁、金メダイ
冬は、花正月、乗り初め

などなど

4、【パネル紹介】神津島の植物
春は、コウヅエビネ、コウヅシマツツジ、オオシマツツジ
夏は、カキラン、ネジバナ、ハマカンゾウ
秋は、ハマシャジン、リンドウ、センブリ
 
 などなど

5、【パネル紹介】
黒潮の島のいきもの、島で見られる鳥たち 
タカベ、アカコッコ、ミクラミヤマクワガタ

旅鳥は、、ヤツガラシ、ゴイザギ、チョウサギ
夏鳥は、ツバメ、アオバズク、サンコウチョウ
冬鳥は、カワセミ、アトリ、
留鳥は、イソヒヨドリ、シチトウメジロ、オオコノハズク

 などなど

6、神津島のジオラマ、昔のポストカード
  

7、キール船模型
 

8、イセエビの標本
 
9、貝の標本 その1
 

10、関連書籍

11、【地学コーナー】 島の成り立ち、神津島の噴火、地質、岩石、黒曜石など
       
 
   

 12、【消防団コーナー】 消防団の資料、団旗、法被、手押しポンプ、宣言 など

 

 13、ナベコウ(鍋鸛)の剥製
 こうの鳥の一種で、ヨーロッパ・シベリア・小アジア・ペルシア・蒙古・満州・朝鮮などに住み、日本には冬季きわめてまれに九州南部に渡来する。千葉県・東京都・神奈川県・京都府・三重県・八丈島・四国(徳島県・高知県)九州(佐賀県・熊本県・鹿児島県)などに渡来した記録がある。又九州の荒崎に昭和二年と四年に、三羽だけ渡来した記録がある。本館のは今年(五十二年)四月沢尻湾に来て小川のほとりで死んでいたのを、小学生の児童等が折りよく遠足に来て拾ったもので是をはくせいにした。

 14、ハチの巣
館内説明より
 
昭和53年11月頃中旬、神津島の字かごめの山林より採取されたもので、発見当時のこの年の春にはハチが巣から出入りしていた事が確認されている。巣の形態からスズメバチに近い種類と思われる。

 本島には10cm程度の巣を作るアシナガバチは多いがこの様なハチの巣が見つかったのは近年珍しいらしい。 (以下略)

 提供 上原兼夫氏

 15、踊り衣装・婦人の衣装
 



 16、黒曜石
 神津島でおなじみの黒曜石。

 17、島の生活用品 日常生活の写真
  
 

 18、神津島の模型
  
(恩馳島)            (祗苗島)

また、磯の名称が詳しく表示されています。

 19、帆船  清水半之助 (文助) 氏

 20、水汲み人形  鈴木テル子氏 作
昭和59年

 21、農業用品
 畑、薪取り、薪作り、炭焼き、麦刈り、稲刈り、茅刈り、草刈りなどの諸道具。
 

 22、神社

(神社拝殿組物)

物忌奈命神社、阿波命神社など紹介されています。 


 23、島の石仏


 

 昔、島の男たちは小舟で漁をしていました。風や嵐のため、再び妻や子らの待つ島に帰りつかない男たちもありました。

 妻や子らは風が吹かないように、嵐にならぬようにと、男たちの無事とその日の大漁を神や仏に祈り、舟出を見送りました。

 それでも荒海に夫や親を奪いさられた者は、深い嘆きに明け暮れましたが、乏しく厳しいくらしはそれを許しませんでした。3年の忌明けを送ると夫や親が沈んだ海を臨む丘に石仏を据え、朝夕水を手向け、四季の花を供えて冥福を祈る日々を送りました。

 時が移っても島の人々の心の中で絶えることなく今続いてます。神津島にある石仏は島人の心の証しとして、今も海に向って静かに立っているのです。

・物忌奈命神社
・阿波命神社
・日向神社
・与種様
・流人墓地
・濤響寺
・うえの山
・秋葉様
・半坂
・えんま堂
・高根堂
・那智堂
・秩父堂
・観音堂
・弁財天
・つづき堂
・天上山不動池
・中の沢
・(おれつち)

 24、黒潮と島の文化、海流と漂着物
 
  
25、島のあけぼの
 

 ・黒曜石の搬出図
 ・神津島を中心とした遺跡の分布

  


 <施設紹介 2階> 1階へ




A、海底遺跡
B、セレモニー類資料
C、神津島の貝 標本 その2
D、伊能忠敬 古地図
E、防長丸 海難事故の資料
F、 大正〜昭和期頃の教科書、神津島についての書物、むかしの教科書
G、銭洲、前浜港の写真
H、神津島の出版物、関係書籍類
 I、橘丸関連資料
J、おたあジュリア関連資料
K、ローマ教皇パウロ六世公式謁見
L、 おたあジュリア人形
M、松本一氏の蔵書
N、山下彦一郎先生遺品
O、鈴木テル子 氏の資料
P、 神津島の職人の道具
Q、 計量器
R、生活小物
S、佐久市と神津島とのつながり
T、乃木希典の銅像
U、 太平洋戦争等の資料
V、鈴木テル子氏の絵画、人形作品、人形作成過程とその材料
W、神津島の宗教の資料
X、神津島村役場・島役所の保管文書
Y、 漁業港湾文書資料
Z、神津島の水道資料 神津沢砂防の資料
a、神津島の昔の衣装
b、神津島の昔の写真
e、遺跡の島、宝石の島
f、流刑の島 
g、 変化する島、港の移り変わり
h、神津島の海の文化

 A、海底遺跡
 観音浦沖に沈む沈没船を調査した資料や引き揚げられた品

 B、セレモニー類資料
 神津島の近代的な記念行事の品を展示。

 ・東京都100年祭資料
 ・神津島のうた
 ・錆崎トンネル開通記念法被
  

 C、神津島の貝 標本

寄贈

元都立神津高校 教諭 
石橋 正行 氏

 D、伊能忠敬 古地図
 
 

 E、防長丸 海難事故の資料
 山口県大島商船学校練習船が、大正14年2月、神津島松山沖に、座礁、沈没した。



F、 大正〜昭和期頃の教科書、神津島についての書物、むかしの教科書
 

G、銭洲、前浜港の写真
 



H、神津島の出版物、関係書籍類
・神津島村史
・神津小学校史
・神津島のお年寄り作文集
・神津島の百観音霊場
・神津島のうた
・伊豆諸島のわらべ唄
・伊豆諸島の歴史
・神津島のことば
・神津島探訪

などなど・・・

 I、橘丸関連資料


J、おたあジュリア関連資料
 神津島に流刑となり、島で生涯を閉じたといわれるキリシタンのジュリアの資料です。
  

 K、ローマ教皇パウロ六世公式謁見
 昭和五十年 聖年ジュリア顕彰の旅 法皇より金メダルを受ける松本顕彰会長
 

L、 おたあジュリア人形
 昭和56年(1981年)2月23日 ローマ法王ヨハネ・パウロ2世は、歴代法王の中で、初めて来日した。 
 そして、2月24日東京・後楽園に約4万人の信徒が集まり、日本で初めての教皇ミサが挙行された。くしくも、この日は宣教師聖フランシスコ・ザビエル(イエスズ会所属)が天文18年(1549年)8月15日、鹿児島に到着してから日本のキリスト教禁制が始まり、これが明治6年2月24日に高札が撤廃となった日と同じ月日であった。

 神津島村松本一村長はこの歴史的な壮挙、教皇ミサに特別招待を受け、また昭和51年(1975年)の聖年に神津島村民を代表してローマを訪ね、故パウロ6世に謁見し、おたあジュリアの顕彰の意を申し伝え、特別な歓迎を受けたことに感謝して、ヨハネ・パウロ2世へキリシタン人形(おたあジュリア)を贈った。
 
 この人形はヨハネ・パウロ2世に贈った同形のものを同時に記念として作ったものである。

 M、松本一氏の蔵書
 四書といわれる「大学」「中庸」「論語」「孟子」
五経といわれる「易経」「書経」「誌経」「春秋」「礼紀」

などの、昔の教科書・教養書です。 

 N、山下彦一郎先生遺品
 


 神津島出身の先生は、教鞭をとりながら、郷土の考古学や歴史を深く研究調査してきました。

調査記録ノートの一部を、ここに展示してあります。

O、鈴木テル子 氏の資料




 
 15歳の頃から、趣味として、この時分は夢多き年代、作る人形も”かぐや姫”やくるみ割り人形のようなあどけない人形は主だったが、女性としての境遇を自覚した19歳の時から、一生の仕事として、島の風俗を完全な形で残そうと志し、以来25年間、地味な風俗人形と取り組んだという。てる子さんの作る風俗人形の特徴は、顔・手・足と風俗部分、

 例えば、薪運びや肥し汲みの薪や桶などは木彫り、着衣は布地の着付けであるが、扱きたい一本にしても風俗に忠実であり、木彫りの部分は、顔の表情といい、手の爪といい、虫眼鏡でなければ、確認できないほどの緻密な彫りで、しかも、このような精巧な彫りの道具が、ぼこつな包丁であるから驚く。

 てる子さんの仕事部屋は3畳そこそこであるが、礼を尽くして訪ねれば喜んで迎えてくれる。そして、そのとき、彼女のもう一面の隠された才能に接することができる。それは仕事部屋とカーテンで仕切られた寝室の壁一面に、島の風俗画が張りめぐらされている事である。島から一歩も出たことのない彼女の筆致といては、驚嘆する出来ばえで、天賦の才という事をこれほど身近に感じる例も少ない。

 てる子さんは、趣味であることもなげにいうが、その穏やかな言葉の裏に、島の風俗を後世に残そうとする気構えが感じられるのである。


昭和40年代の月刊誌「つりと旅人」より

P、 神津島の職人の道具
 

Q、 計量器


R、生活小物
   

 S、佐久市と神津島とのつながり
 
 
 
 佐久市と神津島とのつながり

 長野県佐久市に多い神津姓は、本島の島名に起因するものであることが文献、甲信美名鑑及び信濃国佐久郡在城景記簿によって明らかにされています。

 即ち、神津姓の大祖は大織冠中臣鎌足公の後裔、下野領主藤原秀郷で、その末葉の藤原定国が神津島に渡り館を構築して伊豆七島を鎮領し、数世代、百数十年に渉り在住したが、南北朝時代に至り再び本土に移り住み、この時始めて神津姓を名乗ったと言われています。

 この藤原の系譜をたどれば、神津島から、伊豆、甲州を経て京都に住んだとされ、藤原貞次の時、小笠原長清に従い、信濃に定住し、

 更に後の代に至り長清の七男大井朝光の支城・鳥坂の城主となり、之を神津半之進藤原茂時と称しました。

 神津姓同族は之を祖として信州佐久を中心として全国にその勢力を伸ばし繁栄してきたものであり、その姓は神津島の島名に因なみ名付けられたものと代々言い伝えられています。

 特に大字「新子田」「長土呂」「志賀」「五十貫」等の地区には。神津姓の家が密集して居り市内に神津姓が約三百世帯近くあります。

 T、乃木希典の銅像
 乃木希典

陸軍大将・日露戦争で第三軍司令官として旅順を攻略、退役後、学習院長。

 明治天皇が崩御された大葬の当日 
夫人と共に自決殉死(一九一二年)

 故 松江庄三氏(喜吉家) 寄贈

U、 太平洋戦争等の資料
  
 鈴木テル子氏の日の丸を振る人形       戦時の写真など

 V、鈴木テル子氏の絵画、人形作品、人形作成過程とその材料
 
     

 W、神津島の宗教の資料


 X、神津島村役場・島役所の保管文書
 
Y、 漁業港湾文書資料
 

Z、神津島の水道資料 神津沢砂防の資料
 

 a、神津島の昔の衣装


 b、神津島の昔の写真
     

d、 シアタースペース 
 

 何が見えるのでしょうか・・・。
 e、遺跡の島、宝石の島


 

f、流刑の島 
 

g、 変化する島、港の移り変わり


 f、神津島の海の文化
 

 

 

 

 

【ジャンル別索引】

【観光】
1、スタンプ

【歴史】
25、島のあけぼの
A、海底遺跡
B、セレモニー類資料
E、防長丸 海難事故の資料
 I、橘丸関連資料
S、佐久市と神津島とのつながり
T、乃木希典の銅像
U、 太平洋戦争等の資料
X、神津島村役場・島役所の保管文書
Y、 漁業港湾文書資料
Z、神津島の水道資料 神津沢砂防の資料
e、遺跡の島、宝石の島

【信仰】
22、神社
23、島の石仏
J、おたあジュリア関連資料
K、ローマ教皇パウロ六世公式謁見
L、 おたあジュリア人形
W、神津島の宗教の資料
f、流刑の島 

【郷土文化】
2、【パネル紹介】神津島の七つの神秘 
3、【パネル紹介】神津島の四季
12、【消防団コーナー】 消防団の資料、団旗、法被、手押しポンプ、宣言 など
15、踊り衣装・婦人の衣装
17、島の生活用品 日常生活の写真
20、水汲み人形
21、農業用品
F、 大正〜昭和期頃の教科書、神津島についての書物、むかしの教科書
H、神津島の出版物、関係書籍類
P、 神津島の職人の道具
Q、 計量器
R、生活小物
a、神津島の昔の衣装
b、神津島の昔の写真

【地理】
6、神津島のジオラマ、昔のポストカード
11、【地学コーナー】 島の成り立ち、神津島の噴火、地質、岩石、黒曜石など
16、黒曜石
18、神津島の模型
24、黒潮と島の文化、海流と漂着物
D、伊能忠敬 古地図
G、銭洲、前浜港の写真

【生物】
4、【パネル紹介】神津島の植物
5、【パネル紹介】黒潮の島のいきもの、島で見られる鳥たち
8、イセエビの標本
9、貝の標本 その1
13、ナベコウ(鍋鸛)の剥製
14、ハチの巣
C、神津島の貝 標本 その2

【漁業】
7、キール船模型
19、帆船
g、変化する島、港の移り変わり
h、神津島の海の文化

【松本一】
M、松本一氏の蔵書


【山下彦一郎】
N、山下彦一郎先生遺品

【鈴木テル子】
O、鈴木テル子 氏の資料
V、鈴木テル子氏の絵画、人形作品、人形作成過程とその材料

【その他】
10、関連書籍

<地図>


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